あれから少しだけ刻が経って…

その間に、季節が…変わっていた。

病院の屋上から…足下に見える街並は、それほど変わらないのに…上空の風が、たしかに春を含んでいるのが、わかる。
柔らかくて埃っぽい、独特の匂いと一緒に、どこからか、真っ白い花びらが舞い込んでくる。あれは…たぶん…近くの公園に一本だけ在る…気の早い変わり桜だ…。
このあたりは常緑樹ばかりで…おまけに年中晴天の暖地だから、あまり季節感がないんだが…それでも、あちこちに隠れた落葉樹と、遠くからくる風が、四季の変わり目を…教えてくれる。

倒れたのが、秋。
タカオと…もう一度ココに来たのが、冬。

結局、アイツと一緒に、クリスマスも年越しも、病室で過ごしてしまって…それは、それで新しいことが、たくさんあった。
12月24日の夕食には…赤い帽子をかぶったサンタの砂糖菓子とヒイラギの葉、一本だけ赤いロウソクをさした小さなケーキがついてきて…
二人で一緒に食べた。
タカオが家から持ってきた青いグラスと、こっそり買ってきたハーフワインで…乾杯もした。
木ノ宮のことだ…どうせ仲間集めて毎年そんな調子でやってるのかと思ったら…意外にも『オレ、母さん死んでから、こんなの初めてだぜ?』と、ずいぶん喜んでたから…なんだか、あれは…良かったと思う…。

大晦日の夕食にはミニカップに入った蕎麦、元旦の朝食には雑煮がついていて…それも二人で一緒に食べた。
キラキラした真新しい朝日が射し込む中、妙にあらたまってベッドの上に正座した木ノ宮が、オレの前に両手をついて
『カイ、あけましてオメデトウゴザイマス』と頭を下げてから…
急に抱きついてきて
『オレ、来年は、おまえと二人で…初詣、行きてぇな』
そんなことを囁いて…笑った。

それから…平穏な日常が二ヶ月近くも…続いて…。

木ノ宮と一緒の呑気なリハビリで、オレは…そんなに急に良くはならなかったが…以前よりはだいぶ上手く歩けるようになったし。放っておいたら今頃どうなっていたかわからないのに…あまり…食事も吐かなくなった。
まだ、なんの無理もきかないし、絶対に高い熱を出してはいけないとか。転倒しやすいうえに平らな所で倒れると、やはり独りじゃ立ち上がれないとか…。ときどき呼吸困難みたいな発作を起して木ノ宮を慌てさせたり…抵抗力が下がったせいで呆れるほど発病しやすかったり。そんな状態で、結局、いまだに退院許可が下りないとか…。やっかいな制約や出来ないことだらけだったが…。

それでも季節が移るみたいに…少しずつ進んでいく気はした…。

なにしろアイツが…一生懸命、引っ張ってくれている…。

ふと空を見上げたら。
2月の終りの、澄んだ高い青に…雲の切れ端みたいな花びらが、くるくる揉まれて舞い飛んでいる。風が、まだ冷たい。ビルの上を吹き抜ける力が、ことさら強く感じる。

さっき、木ノ宮と…ケンカした…。

だが、やめておけば良かったかと…少しだけ…後悔している。いつもなら5分以内に折れてくるアイツが、譲らなかったから…こじれたんだが…

たいがいオレたちは…あまり決定的なケンカにならない。木ノ宮が、いつも譲るせいだ。
オレもアイツには…指図がましいことは言わないし…たまに言っても、アイツは…たいてい素直に聞いてる。むしろ、オレのほうが時々腹を立てたりしてるんだが…

この間から、同じことでオレは何度も腹を立てていて…。
今日は木ノ宮が退かなかったから…余計に、ややこしくなった…。


ケンカして…部屋を出て…独りで屋上に来て…

そうしたら…
ドアを開けたとたん、まるで事故みたいな突風が吹きつけて、鉄製の大きな扉が凄い音をたてて閉まった。
たまたま手にしてたグリーティングカードを飛ばされて屋上の真ん中で転んだ。つかまえようとしてバランスを崩したんだが…
どうもオレは…いまだに自分が出来ることと、出来るハズだと思ってることが、くい違うようで。レベルの下がった体に…いつまでも慣れない。


おかげで、さっきから……立てなくなった…。

ベッドと床くらいの落差があれば、それを利用して簡単に立てるのに…あいにく黒ずんだコンクリートが平らに広がるだけで、何もない。周囲のフェンスまで這っていって掴まろうにも、いらんコンクリートの縁が邪魔をして、肩より高いところを巡っているから、手も届かない。重い扉のドアノブは、やはりオレの頭上にあって…
こういうのを八方塞がりというんだろうが。まるで、コンクリートの箱の中に閉じ込められたようだ。
仕方ないから…
尻餅をついたまま「木ノ宮!!」と呼んでみたが…当然、というか…聞こえるはずがなかった。
もしかすると、探しているかもしれないが。オレが、ここに居るなんて、アイツは知らない。
まさか…罰がアタったわけでもないだろうな…と、まったく神なんか信じてもないくせに思いかけた。

途方に暮れて…
しばらく…唯一開いてる空ばかり見上げていたが…なんだか寒くてセキ込むから…まるくなってるうちに…
ついコンクリートに…寝てしまった。
ザラザラした冷たい感触が、頬に痛い。
陽射しは、まだ弱く頼りなくて…高いところを吹く風が、強く押し退けている。

ずっとそうしていたら、また少し…セキが出た。
コンコンと、続けてセキしたら…
いつもなら…アイツが大騒ぎしてオレに重ね着させたり、雪ダルマか寒スズメかと思うほど丸々と毛布でくるんだりするのを思い出して…なんだか可笑しくなった。
やっぱり、アイツは…今頃、オレを探していると思う。
………ケンカは…やめておけば良かったかもしれない。
あれは…オレの方が、分が悪かった。だが、どうしても退けなかったから…たぶん、重要なことだったんだ…。

タカオは…今頃、どこだろう。また…見当違いの場所ばかり探しているだろうか。

またセキがでて…今度のは、なかなか止まらない。手足が凍えてきたが…薄い夜着一枚で屋上に転がったまま…帰るに帰れなくなってしまった。もう一度、高い熱をだしたら…今度こそ命にかかわると、やかましく言われてるのに…
戻れない…。
まぁ、オレは…いつも、そんな感じだが…。
どうして、そうなのかと思うが…プライドが邪魔をして素直に謝れないし。
色々と、こだわることがありすぎて…自分で自分を縛ってしまって…身動きとれなくなる…。
だからオレは…屋上とか…
すべてを見渡せる、高い場所が、好きなのかもしれない。
いつも、縛られてる気がするから…。
いつも、自由になりたかった…。

しかしそれも不思議だ。オレは、今まで好き勝手に生きてたハズなのに。

人は…あまりに真剣に生きすぎると…かえって不自由になってしまうものだろうか…?

「木ノ宮…」と、もう一度、呼ぼうかと思ったが……もう、やめた。
どうせ、意味がない。
オレは…意味のない事をするのは…好きじゃない。
ついさっきも、そう言って。
アイツが、それは違う、と言い張ったから……ケンカになった。




その、少し前。
「わぁ…ありがとうございます!!」
トーンの高い、上ずった声と一緒に…熱気を帯びた視線が、オレを見上げていた。計8つ。だが、さっきまで、もっといた。
オレは嫌だと言ったのに、木ノ宮に、むりやり持たされたペンで…目の前の人数分だけ名前を書いていて…。タカオと連名で…色紙、携帯品、服…あげくビットとか…
「じゃあなー!!おまえらも頑張れよー!!」
病室から出ていく…やっぱり病人なんだろう、そいつらに、オレの手首を持ったタカオが、一緒に手を振ってる。仏頂ヅラしたオレが、木ノ宮に手を振らされてる光景は…ヤツらに、どう映るのか、わからんが…
なんだか、やたらに、どいつもこいつも、染まった頬をほころばせ、満足そうに帰っていく…。

ようやく二人だけになった、午後の病室で。オレは、
「一回だけ。と、きさま…言わなかったか?」
かなり不機嫌にタカオを見下ろした。
ヤツは枕元のイスに座り…縮めた肩幅で両手を合わせ…拝んだ片目にオレを見上げてる…。
「悪ィっ…だってよ〜」
「こういうのは、気に食わん。と、言ったはずだな?」
「うん〜…おまえは、そうだよな〜。わかるけどさ…」
60度ほどナナメに起したベッドの上から、オレが横目に睨んだら、
「いや…なんていうか…その…」
焦った様子で頭を掻いて、しどろもどろに下を向いた。
最初の子供らに一回やったら…あの木ノ宮タカオだ、火渡カイだと言われて…それから次々と…。病室にサイン下さいと入ってくる連中を、タカオは絶対、追い返さないから…毎日そんな調子でやってるうちに…いつのまにやら病棟ばかりか病院内で、すっかり有名になってしまった。
オレの機嫌が悪化すると、さすがにタカオは気まずい顔をするようになったが…このバカげた騒々しさは、減るどころか日ごと増える一方だ。
「で?どうするつもりだ?」
「だって、来ちまうんだよなぁ」
「………」
オレが黙っていたら、タカオはベッドに上ってきて、
「なぁ…カイ〜。ンな怖いカオすんなよ。機嫌なおしてくれよ。だって、みんな、喜んでくれてるぜ?いーじゃねえか。それで元気になるヤツがたくさんいたら…」
まるで懐柔するみたいに、オレの前に両手をついて顔を覗き込んでくる。おかげで、余計に睨んでしまった。
「……きさまが播いたタネだ。きさまが収拾しろ」

この間から、いったい何度この会話になったと思ってる。そのたびに、タカオは謝るが…一向に改善されないから、とうとうオレのほうがキレてしまった。
すると、
「は〜っやっぱカイだな〜」
タカオは、なぜか妙にうなだれて、オレの顔を見つめてる。
「こういうの、おまえって、昔っからキライだもんな〜」
「わかってるなら、オレを巻き込むな」
これで、かなり甘くしてやってるつもりだ。昔のオレなら、この部屋から、きさまの荷物ごと叩き出してた。その前に…このオレに、こんなに馴れ馴れしく近付いてくるヤツもいなかったが…。
「でも、なんでだよ?なんで、そんなにファンサービスとか嫌ぇなんだよ〜?人が集まってくるのが、うるせぇからヤなのか?」

それも、ある。あるが…

「くだらん茶番だからだ。オレが名前書いて握手なんぞしたところで、そいつが強くなるわけじゃない」
ただのコレクターズアイテムだのファン心理だの。そんないい加減な連中を、オレは理解できない。自分が強くなれないことに何の意味がある…と、オレはいつも思っているし。
それに…
最初に来た三人などは…一見、ただの骨折のようで、その実、先天性の奇形とか…悪性の腫瘍とか…やっかいな…という以上に…見込みがなかった。ベイの腕はもちろん…命まで…
彼等に…いったい、オレが何をしてやれるというんだ。アイツらが、なにを望んでいるというんだ。なまじ中途半端で偽の期待を持とうとするヤツらも…それを与えるオレ自身も…オレには…ただの欺瞞や偽善にしか見えない…。

こんなことは、無意味だ。

「そんな……無意味ってことは、ねえよ」
どんなことだって無意味なことは無い…と、タカオは言い張った。
それでオレが黙っていたら、
「おまえ〜……やっぱりマジメだな〜クソマジメ!!」
「じゃあ、きさまは、不真面目でやってるのか!?」
「いや、そうじゃなくって」
ごそごそと人をまたいで、またベッドから降りると、タカオは、ベッド下のハンドルを回して、角度を平らに戻した。だいたい、喧嘩が長引きそうになると…コイツが数分以内に折れてくるか…もしくはオレを…なるべく楽な姿勢で寝かせようとするんだが…
後者を選んだってことは、どうも今回は譲る気がないらしい。不機嫌なオレの頭を枕にのせ、胸にタオルケットをかけて、上から撫でながら、「おまえ、少し眠ったほうがいいよ。あんまり怒ると疲れるし〜」などとナメた口をきくから…余計に苛立って…
パン、と木ノ宮の手を振り払ったら、
「イッテっ」
一瞬、手を引っ込めて。
それから…コイツは…
性懲りもなく、今度は、オレの額を撫でた。

「だって、みんな、いろいろ闘ってるんだよ。けどさ、闘い方って、人それぞれだろ?勝つっていっても、いろんな勝ち方があるわけで…なにも試合で強ぇだけが、ブレーダーじゃねえし…」
説教、というよりは、なんだか、やけに困った顔で、そんなことを言った。
「たとえば…どうしても試合に出れねえヤツだって…今、ベイすら持てねえヤツだって…ベイがホントに好きなら、みんなブレーダーだぜ?弱くたって、勝負に一度も勝てなくたって…オレは…だからそれが悪ィとは思わねえんだよ」
「それは…わかってる」

そんなことは、もう、わかってる。
たしかに以前のオレは…弱い奴が大嫌いだった。そんなヤツには、興味もなかったし。ヤツらには…生きる資格さえ、無いと思っていた…。
今は…そこまでじゃない。そうじゃないが…

「もし自分が出来なくとも…どうにもなんねえくれぇ下手だったりしてもさ…憧れたり尊敬するヤツとかがいて。そいつを目指して何か頑張りてえって思ったとして。そういうの、すげー大事だと思わねえ?ベイだけじゃなくて何でもさ。もし、てめえが何かやってて…そん中で、一人も尊敬する相手がいねぇとしたら…オレ…そいつ、すげー寂しいヤツだと思うぜ?」

それは…たぶん、正論だ。
オレも意味なら、わかってる。

「何かの勝ち負けなんてのは…それも一つの結果かもしんねえけど…でも、それだって、しょせんは他人が決めたことじゃねえか。こないだ…大地とレイは負けちまったけど…オレにゃ敗北に見えなかったし。ホントの勝ち負けは、てめえが、てめえで決めればいいと思う…。ベイだけじゃなくって…何でもさ…。なんか…そういうモンじゃねえ?」

そういう…物事に絶対的な順位を決めつけないところが…おまえの良いところだ。だが、オレは…

「きさまと、オレを一緒にするな」
そう言い返して。
ちょうどまた…ドアから子供らが入ってくるのと入れ違いに…
むりやり起き上がって、出てきてしまった。

「待てよ!!カイ!!どこ行くんだよ!?」

追いかけようとした声が、集まってきた歓声に阻まれてる隙に、角を曲がり…
たまたま来たエレベーターに乗った。






やはり…風が、冷たい。

空の白い花びらが…
まるで雪に、見えた…。

少し…苦しい。
さっきからセキが、あんまり止まらなくて…食べた昼食まで戻しそうになってる。

冷静に考えると…あれは…ケンカというより…オレが木ノ宮を怒鳴りつけて出てきてしまっただけなんだが…
なんで…あんなことで、あんなに……苛立ったのかと思う。
なにか…きっと、オレの心の亀裂に、引っ掛かったに違いないんだが。

今でも時々、夢に見てうなされる。
あの地下牢で…
敗けて助けてくれと泣き叫ぶ連中を、オレは、何百人も見殺しにした。
それが正しいと一生懸命、信じていたから、そうしていた。
そうしか、あの時のオレには…出来なかった。
だから…今でも…
無駄だと思っているんだろうか?
あの時の自分の行動を…正しかったことにするために…?まさか、あんな色褪せた思い出を、後生大事に持ち歩いているとでも…?

それとも、オレは…

今でも、弱いヤツは…無駄で死ぬしかないと…心の底から信じているのか。
祖父とボーグに埋め込まれたデフォルトプログラムが…いまだ死なずに、オレの中に生きてると?
かもしれない。
だから、時々、真っ当な木ノ宮と…食い違う。

弱いヤツは、死ぬべきだ。いや、放っておいても、いずれ死ぬ。仮に、いっとき延命したところで…なんの意味も価値もない。
それが…現実じゃないのか。
木ノ宮は…そうじゃないと言い張るが…理想だろう。少なくともオレの見た光景は…違った。いくらオレが励ましたところで…弱いヤツは消えていく…。それは…今だって同じだろう。たとえば悪性腫瘍の末期なんて…どんな手を尽くしたところで…いずれ病巣に喰い尽くされて終るしかない。それも弱い結果だ。…どんな価値も存在も…負けて消えれば、そこで終る。
弱ければ…何も…残らない…。
残らなければ…意味もない。
偽りの期待にすがるのは…無駄でブザマなだけだ。

冷たい風に叩かれて…コンクリートに転がったまま…オレは…
こういうところが木ノ宮と違うところなんだろうな…と…思った。

生きる世界が…アイツと…違う…。

だが、そう思ったら…なぜか…胸を刃物でえぐられる気がした…。
木ノ宮は、好きだ。アイツの住む世界ごと。なのに…そこはオレとは離れすぎていて…時々、アイツの姿が見えなくなる。それがわかっていたから…オレは…アイツから…逃れようとばかりして…でも、出来なくて…
その度にオレは…行き場を失って
生き場を、だろうか?
…何をどうすればいいのか…どこへ行けばいいのか、ひどくわからなくなったり
バカなことばかりやっては…アイツを泣かせた…。

オレは…何を…信じているのだろう?何に、縛られてるんだ。自分自身か?それとも…オレが…かつて見たものなのか?

今も…目の前を囲む灰色のコンクリートと、ペンキの剥げた分厚い鉄の扉が、まるで高い収容所の壁みたいに、
オレの視界を塞いでいる。

だが、オレの世界が正しいとすれば…

今のオレにも生きる資格なんて、ないはずだ。なんの価値もないはずだ。
今、目の前のドア一つ、開けられない。立ち上がることも出来ない。ドランザーがあれば…こんな扉くらい破壊できたはずなのに、今のオレには…とてもそんな力などない。

オレは…なのに…

「木ノ宮…」

もう一度だけ、呼んでみた。
どうしても…呼びたくなって…呼んでみた。

「木ノ宮…来て…くれ…」

どうして…黙って死ねないのだろう。オレは…
オレも…?
どうして…こんなに、しぶといんだろう。必死にしがみつきたい、この気持ちは、何だろう。刷り込まれた記憶さえも凌駕する、この強い想いは、何だろう。
もう、たった独りでは…生きられないほど…弱いくせに…
それなのに…

「タカオ…」

おまえのバカ顔が見たい…。声が聞きたい。もう一度、おまえに触れたい。おまえをずっと…憶えていたい…。

「タカ…オ…」

はやく…来い…
オレが…待っていられるうちに…

こんなふうに…おまえを呼ぶオレは…愚かで弱いにちがいない…。
おそらく生き残る資格もないほど。
オレが…あの冷たい地下で叩き潰した大勢よりも。
今すぐ消えて、何の価値も残らないほど…。

なのに…オレは…

今…あらゆる生命が持つ…不思議な力みたいなものを…たしかに、感じる気がしていた…

この力は…なんだろう?
か細くて、ささやかで…なのに梅雨に濡れた草木ほども図々しい…

なぁ…
おまえ…知っているんだろう?

……教えて…くれ…

タカ…オ…


……タ…カ…オ…


…オレは…ここで、待っているから……







「カイィ!!」



目の前のドアが、突然、吹っ飛ぶように…開いた…。



鉄の扉を蹴り上げた、木ノ宮が…

大きく肩を上下させ、両の拳を握ってる。
血相変えた、仁王立ちで…
噛んだ唇に、両眼を血走らせて…

凄い勢いで近付いて来るから…

そのまま殴られるのかと思ったら…

「あービビった…」

どっと疲れた顔で、汗だくのまま、へたり込んだ。
「カイ…あんまり…オレを…脅かすなよ…」
バッタリ大の字になって、オレの隣に倒れてる。

「あ〜ひでえ驚いた…また…いなくなっちまったかと…思ったぜ…」

タカオは、汗びっしょりで息を弾ませて…
怒ってるんだか、ホッとしてるんだか…よくわからない顔で、ボーゼンと空を眺めていたが…
オレがセキ込んだら、飛び跳ねるみたいに起き上がって、
片手に握ってたロングコートで、オレの体を包んで抱いた。

「あ〜もーわかったよ!オレが悪かったよ!!おまえが嫌なことは、もぉ何もしねえし!!何百回だって謝るから!!おまえ〜いくら高ぇトコ好きだからって…こんなトコで寝てんじゃねえよ!!カゼでもひいたら、どうすんだよ!?カラダ、ふつうじゃねえんだから、気をつけてくれよ〜」
怒ってるのか泣きそうなのか頼んでるのか…よくわからない両手でしっかり抱き締めて。全身で包んで…頬をすり寄せてくる。
あんまり急に温まってきて…なんだか…それまでの、わだかまりまで…忘れそうだった…。
「……なぜ、オレがここだとわかった?」
「こいつが、空から降ってきた」
コートのポケットに突っ込んだ、緑のカードが見えている。さっき風に飛ばされた…グリーティングカードだ。屋上に続く階段の途中で、たまたま出会った少年に渡された。
「おまえがもらった、ファンレターだろ。名前が書いてあったから…コイツ探して、おまえに会った場所、聞いて…」
なるほど…それで探せたのか。
「そんで…1階の廊下走ってたら…声が、聞こえた」
「声?」
「おまえ、呼んだろ?オレを…。おまえが呼んでくれたから、オレ、ちゃんと、おまえがここに居るってわかったぜ?」
「………」

どんな耳だ…
…あれが…聞こえた…とは…

木ノ宮が…あんまりぎゅうぎゅう腕に力を入れきて、苦しい…。
「あ〜だけど、良かったぜ…無事、見つかって!!も〜見つかんなかったら、どうしようかと思った」
なんだかオレは…コイツの落とし物みたいだな…。と、思っていたら、
「ドラグーン盗られた時より焦っちまった」
言いながら、くるんだコートごと、いきなりオレを持ち上げた。

「おい…下ろせ、自分で歩く…」
「ヤ〜ダよー!部屋までこのまま持って帰るんだオレは〜」
疲れ果てた駄々っ子みたいに、ますます頑に力を入れてくるから……立たせてくれるだけで良かったのに。反論しそびれて…好きにさせてしまった…。
視線の位置が高くなり、また視界が開けてる。それまで遮っていたコンクリートの縁を越えて…屋上からの街並が、よく見えた…。

「帰ろうぜ、カイ…」

風みたいな…タカオの声と一緒に…空から二つ、
花びらが重なるように…ふわりと胸に落ちてきた。白いくせに…よく見ると…やはり桜のカタチをしている…。

「オレさ……おまえがいねえと、ダメなんだよ…」

オレを抱いて立ち上がったタカオが、歩きながら、ポツンと呟いた。

「おまえじゃねえと…オレ、絶対ぇ、ダメなんだよ…」

また一つ、花弁が…落ちてきて…
今度は空気に漂うみたいに、しばらく浮かんでる。

「おまえがいれば、オレは…どんな強ぇ敵とだって自信満々で戦える。…誤解すんなよ?おまえが戦力になるから、とかじゃねえんだ。ただ…そこに居てくれるだけでいいんだよ。おまえが、オレの後ろで、オレを見ててくれる…。そう思っただけで、オレは…怖ぇモンなんか、何も、なくなっちまう。いつだって落ち着いていられるし、どんな時だって絶対ぇ勝てるって…てめえを信じていられる。なのに……」

歩きかけた足が、立ち止まって。
花弁が、静かに地上に降りてきて…。
それからタカオが…
ちょっと驚くような…生真面目な顔で、笑った。

「オレ、おまえがいねえ間…サイテーだったぜ…。世界大会からこっち、おまえがいなくなっちまってから…オレは…不安で、自分を信じられなくて、どうしたらいいのか全然わかんなくなっちまって…すげぇイライラしっぱなしで…。大地とかキョウジュとか…レイにまで…みんなにヤツ当たりして…ダッセェマネいっぱいしちまった…。ホントに…情けねぇヤツに成り下がっちまった…。けど、それじゃきっとダメなんだって…こんなんじゃ…おまえにも愛想つかされて…きっと戻ってきちゃくれねえだろうって…そう思って…必死に頑張ったけど…。なんか…色々うまくいかなくて…。それでも…皆のおかげで、ようやくここまで来れたけど…」

大きなタメ息みたいに…深呼吸して、タカオが…はじめて遠くを見上げた。

「ダメだなぁ…オレ…やっぱり今でも自信ねえよ…。おまえがいなくなっちまったら…また…誰かにヤツ当たりしちまうような情けねえヤローに逆戻っちまうのかなぁって……今、すげぇそんな気がした…」

コイツは…
やはり…とことん仕方のないヤツだ…。
と、オレは…顔を見上げて思ったが…。どうせ否定してくるだろうから…ついでに揶揄してやった。

「木ノ宮…おまえ…まだオレの、おもりが必要なのか?」
「そういうワケじゃねえけど…。…そういう…ことかなァ…」
少し考え込んでから、意外にも素直に頷いて、

「うん、オレ、弱ぇんだよ」

タカオは…呆気ないほど、澄んだ声で、笑った。

「たぶん…前は、そんなこと、認めらんなかったし。自分が弱ぇなんて、思ってなかったけど。オレ、今は、自分に色んな弱ぇトコあるって…わかるし、認められる。だから…もっと強くなりてえとも思うし…」
近付いたタカオの視線が、オレをまっすぐ見つめた。
「だからカイ、オレ、頑張るから…」

真剣で、落ち着いた瞳だった。
ふしぎに甘えてるようにも見えなかった。ただ自分の…強さも弱さも…なにもかも知って認めてる…

「…頼むよ、オレに…おまえを、守らせてくれよ…。そんで…いつもオレを、見ててくれよ…」

だからコイツは…オレが出ていった時には決して、こんな顔は、しなかったのに…。
たぶん…一足先に…ホントに大人になったのだろうと…やっぱり悔しいが……認めざるを得ない気がした…。
タカオは…色んなことを…人間が誰しも捕われる弱さや脆さを、知って認めて…それを、越えて許して…本当に…強くなったんだ…。
オレの知らない間に…

「カイ、さっきは悪かったよ。おまえが厭がること言っちまって。けど…そう言うと、また怒らせそうだけど…オレ、おまえが心配なんだよ。おまえって…すごく、マジメだろ?あんまりマジメで激しくて…綺麗だから…まるでガラス細工みてえな感じで…壊れちまうんじゃねえのかって…。オレは…そういうカイが、好きだけど…。だけどさ…なんだか…時々、不安なんだよ。こう…おまえって…深くて狭くて極端に、まっすぐで…すげえ勢いで突っ走って行っちまうから…帰ってこなくなりそうで…」

ホメられてるのか。けなされるのか…よくわからないが…

「うまく言えねぇけど…おまえって…あんまり純粋すぎて…すぐ、てめえをてめえで追い込んじまうっての?おまえ…1コにこだわると他のモンが何も見えなくなるだろ。価値とかもさ…1コ強く信じると、それ以外、何も無えと思うだろ。そういうのがさ…なんか、オレ…すごく好きなんだけど…時々、不安なんだよ。そのまま、遠く行っちまいそうで…」

タカオが心を砕いてるのだけは…よくわかった…

たぶん……タカオは…オレを…過去の狭い箱の中から…懸命に引きずり出そうとしてる。コイツにそんな自覚はないかもしれないが…オレを、暗いそこから出して…色んな景色が見えるようにしようとしてる…。
オレは…とっくにヤツらの手を離れたはずなのに…時折、思い出したように…気がつくと閉じ込められていたりするから…
そういうオレの心を…
コイツは、決して否定しなかった。しないまま、オレを…少しでも見晴らしのいい、広くて暖かい場所に連れ出そうと四苦八苦してるようだった。

「おい…カイ…?!」

また…ひどくセキをしたら…
今度は本当に、タカオが焦って…下りかけていた階段を、駆け出した。





病室まで戻ってくると、入口に、まだ子供らが大勢、待っていて。木ノ宮に抱き上げられたオレは…ヤツを叩いて下りようとしたが。またセキが出て…タカオが慌ててオレをベッドに突っ込んだりして…
結局、その後…
解熱剤を打って、少しの間、吸入器まで…つけてもらった。
たった、あんな事で肺炎を起こしかけるなんて、どうかしてるが。ずっと寝てると、そんなことも、ありがちで。良くなったかと思えば時々、戻ったりもするし。まるで早春の天気みたいだが…まぁガラクタ同然の躯にしては…よく機能してる。これで主治医に言わせれば、オレは飛び抜けて優秀なんだそうだ。信じられないほど頑丈で、順調に回復してると、いつも驚かれてる。フツーなら、一生、車イスで、身体がいつまで経っても動かないばかりか、今回みたいな些細なミスで、とっくに、くたばってたりするらしい。もっともオレの場合…元々の鍛え方が、一般人とは違うんだろうが。隣には、やたら熱心な男もぴったりついているし…

集まった子供らには逆に心配されてしまって、潮が引くみたいにいなくなった。
ただ、二つだけ…ドアの外に、いつまでも立ちっぱなしの影があって。どうみても、それが松葉杖だから…
見てこい、とタカオに視線で促した。

「あ〜悪ィな。今、アイツ、寝てるから…」
半開きのドアの向こうで、タカオが、断るために応対している。
見たら、最初に来てたヤツらだ。
なんとなく…妙な胸騒ぎがして…片手で、うっとうしく蒸気が溢れる吸入器をはずしてから。
「……木ノ宮、入れてやれ」
と…かすれ声を出したら、
「大丈夫かよ…」
タカオはかなり驚いて、振り返ったまま、しばらく迷った顔をしていたが。
「おまえ…とりあえず、まだ、それ勝手にはずすなって」
オレが放った透明なプラスチック樹脂を指さして、
「……じゃあ…5分だけな」
彼らを内側に、ドアを閉めた。
やはり、二人だけだ。
黙って、緊張したまま俯いて立っている。木ノ宮が、リラックスさせようと笑って聞いた。
「おまえら、いつも…もう一人、一緒だろ?今日はいねえのか?」
すると、右のヤツがオレを見上げた。
まだ…黙っている。
それから…体と同じくらい、細い小さな声で…

少し前に…そいつは…もう遠いところへ逝ったんだと…答えた。

「これ、もらって下さい」

残った手が、おずおずと、差し出した。
色とりどりの折鶴が…千羽。
三人で折ったと言った。二人が333羽ずつ、死んだそいつが1羽よけいに折っていた。
「カイさんに、アイツ、いっぱい元気もらって、すごく喜んでて…だから、自分の代わりに、カイさんが、早く元気になりますようにって…。…ぼくたちも…同じだから…これ…」

――ありがとう――

と、たどたどしく書かれた一枚の紙切れも…
千羽の鶴も…
そいつの命も…
残った二人の、自分の運命に怯えた…それでいて、わずかな力で、しっかり立ってる小さな笑顔も…

オレには……無意味だとは……もう、どうしても…思えなかった…。

「そっか。ありがとうな」
ベッドに固定されて手を出せないオレの代わりに、木ノ宮が受け取って…

泣けないオレの代わりに、タカオが…泣いてくれた。




その夜。
壁に飾った鶴の群を、寝たまま眺めていたら、
「なあ…カイ…」
暗い枕元につっぷして、やっぱり眠れないらしいタカオが呟いた。
「コイツら…強かったな…。ベイの腕は、全然だったけどなぁ」
「…ああ」

「なぁ、カイ」
オレが黙っていたら、タカオが重ねて言った。
「やっぱりオレ…意味のねえことなんて…ねえと思うぜ?弱ぇヤツだって…強ぇ力くれたりするし…。おまえもアイツらに力あげて…みんな、まわってるんだよ。たとえ、途中で存在が消えちまったとしても…残ってく何かが、きっと…あるんだよ…。オレの母さんも死んじまったけど…オレの中には、今でも何かが残ってる気がするし…」
「………」
「カイにはカイの勝ち負けがあるんだろうけど。オレにはオレの勝ち負けがあって…他のヤツらにも、みんなそれぞれ、あって…。おまえも、オレも…弱ぇトコと強ぇトコがあって…それが…ちょっと見えねえけど、お互い何かの役に立ってたりして…そんなんで…いいんじゃねえのか」
「………」

深夜の淵で顔も見えないのに…それでもタカオが、かすかに微笑んでるのを…感じた。

「ニセモノとか、ダマしてるとか…そんなんじゃねえかもしれねえし。希望がねえのに、それでも、すがるのは…オレは…だからニンゲンなんだなぁって思うぜ?カッコ悪くねえよ。それでも、必死なんだよ。生き物は、たぶん、そうやってギリギリまで努力するから…何か…残ってくモンがあるんじゃねえのかって…オレ、思ってるよ。よく…わかんねえけど」

それから…急に、
軽く、唇に、唇を重ねてきて、

「だけど、おまえは…ただそこに居るだけで、いつだってオレに力くれるし…オレを幸せにしてくれてるぜ?」

それだけは、よくわかってる。
そう言って、今度は、はっきりと、笑った。

唇から伝わる果肉みたいな皮膚からは…儚くて脆くて…なのに尊い…命の…感触がした。

その…弱くて強い波動は…オレが屋上で感じた…あの不思議な力に…とてもよく似ていた…。







それから、しばらくして。一気に気温が上がってきたせいか…ポカポカと季節が安定してくると、
タカオが体力づくりと称して、オレを頻繁に中庭に連れ出すようになった。
しっかり腕を組んだり、ときどき首や耳にキスしてみたり……どうも…コイツの場合、なにか目的が違うんじゃないのかと思うが…。
花壇や芝生の散歩は、悪くはなかった。そのせいかどうかは知らないが…近頃、少しくらいなら無理しても…熱も出さない。
やはり…時々、逆行したりもするとはいえ…少しずつ前には進んでるらしい。

躯だけじゃなく。たぶん色んな…ことが…。

外に出ると、陽射しが強い。だんだん風も柔らかくなる。花壇が賑やかに彩られ、甘い匂いが漂ってくる。
子供らも賑やかだ。
10回に9回は断るオレと違って…木ノ宮のほうは、相変わらず、サインだの勝負だの、ねだられている。
今も…
花壇の真ん中に置かれた、白いペンキ塗りのベンチにそっくりかえって…のぼせたツラで、ファンがいるなんてイイコトだぜ!…などと調子の良いことばかり抜かしてるから、
「………きさまは、誰かいるのか?」
ギャラリーがいなくなった閑に、あくまで嫌味として、聞いてやった。
「え、オレ〜?大好きで憧れてて、尊敬しまくって〜できればサイン一億枚くれぇ欲しいぜっ!!とか思う相手ってこと?!!」
やたら照れたように頬を染めて、騒いでる…。
………なんだか、その様子だと…ずいぶん、たくさんいそうだな。
と思っていたら、
「やだなぁ、決まってんじゃねえかよ!!」
……いきなり…こっちに傾れてきた…。
「おまえだよ、オマエ!!愛してるぜ、カイ!!ん〜でもサインより…オレ、おまえが欲しーな〜」
やはり…意味が違う気もするが…。とっさに見回した周囲には誰もいないし……隣のバカは、頬ずりしたりキスの雨だの降らせながら勝手に大満足してるようなので……放っておくことにした。

「オレはさ、カイの大ファンだから!カイに憧れるヤツらのキモチが、よくわかるんだよな〜」
ひとの首に吸いついて…コイツは…なにをしみじみ語ってるんだ…
「カイのバトルは…綺麗だったり…カッコ良かったり…ただもうドギモ抜かれるくれえ凄かったり…マジですげえ感動するんだぜ?おまえは…自分のバトル、ナマで見れねえから…ホント残念だよな〜」
やはり…よく、わからないことを、綿々とホザいてる。

「カイはさ、誰かいねぇのかよ?尊敬するヤツ」
「……いないな。そんなもの」
憎たらしいヤツなら、一人、ココにいるが。
「ちぇ〜。オレとか、言ってくんねえのかよ〜?」
「フン。調子にのるな」
誰が言ってやるものか。バカがこれ以上、図に乗るだけだ。
そうしてるうちにも…
また…背後から…
「木ノ宮!!……客だ」
花壇のチューリップよりもっと黄色い声が「木ノ宮さんの声を、録音させて下さ〜い!!」などと興奮してMDなんか振りかざしてる。
オレは…関係ないから、陽で温もった木製ベンチに横になって、細かい集団に囲まれたタカオを見物している。

…それもどうかと思ったが…
タカオが…オレがサイン会は大嫌いなんだと説明して以来…
色紙を持って人がつめかける代わりに、花束だのお守りだのが、毎日、病室に届くようになった…。
この間、大勢の目の前でひっくり返ったせいもあって。あの白っぽい部屋には…今や壁が埋まって見えないくらい、ぬいぐるみ、神社のお守り、フラワーアレンジメント、得体の知れないグッズ類からファンシーストラップまで…手紙やカードと一緒に…積み重なってる…。

「わかった、わかった!順番、順番!!」
花壇の外で、タカオが、両手を腰に笑ってる。
「よし、じゃあ代わりに…後でオレと勝負しようぜ?」
コイツ…また…例のレプリカで遊ぶつもりらしい。
それでも、周囲から歓声が上がってる。
タカオといると…どこもかしこも、すぐにテーマパークと化すようで。デパートの催事場なんかで売り子も出来そうな勢いだが…。
オレにそれはムリとしても…売り子をやってるコイツの後ろで、見物してるくらいは、いいんじゃないかと思う。
それは…嫌いじゃないんだ。
オレの許容範囲は、極端に狭いので。木ノ宮のマネはとうていムリだし、今更やる気もさらさらないが。
ただ…大勢は無理としても。木ノ宮一人と…その周辺くらいなら、どうにか今後も…背負ってやれそうな気もしてきた。
オレが…そうしたいと思ってるからだろう。
あのバカは…オレが見てないと…どうも迷惑な奴になるらしいし…。
なんだか…気がつくと…ときどき、妙に…暖かい陽の下に馴染んでる自分がいたりする…。

こんな自分は…不思議だが…。

いろんなことが、あったせいかもしれない。コイツと一緒にいることで…。


それからも…オレ達は…

似たような諍いを、何度も繰り返しながら…それでも、それ以上に大事な日を重ねて…

ようやく薄桃色の桜が、満開になる頃…
この…予定より3倍は長びいた…白い部屋の生活を、終える日を迎えた…。

タカオが、朝から、大騒ぎしている。

「なんっか、すげー荷物、増えてんなー。じっちゃん、持ってくれよ。それ、ぜんぶ大事なモンだから。みんなにもらったんだ、オレとカイのなの!……え?オレ…?…オレは、カイを持ってくから!!両手が空かねえんだよ!!ってぇ……いーじゃねえかオマエ、暴れんなって!!誰が見てたって、かまわねえだろ?おまえは、ちゃんとオレの家まで、オレが連れて行くんだから……」




■to be continued■