目が覚めたら、タカオが……


……いなかった。


検温に来た看護師に聞いたら、
たしかに昨夜は隣の簡易ベッドに転がってたらしいのに…
朝早く出かけたという。
寝坊常習のアイツが…もう、いないとは…どんな天変地異の前触れだ?…と疑いたいところだが。

…………。

アイツ…このオレに…
眠る前…耳許で、やたら甘ったるいセリフを囁いておきながら…

などと腹を立てるのもプライドに関わるので、控えておくとして。
一言、ゴメンと伝言されて、こんな所に置き去りにされても…

…………なんだか、つまらない。

あいかわらず、つながれっぱなしの透明チューブを伝って落ちてくる点滴を眺めていたら……やはり腹が立ってきた。

だいたい…
回診に来た医者には、CTとMRI、撮るのに、機械の予約がいっぱいで来週まで空かないから。などとフザケたことを言われて、じゃあ今週、入院しとく必要なんてないんじゃないかと文句をつけたら、一生歩けなくなってもいいのかなどと、うるさい小言が10倍くらい返ってくるし。
毎時間、得体の知れない薬ばかり入れられて…気分が悪い。
一時、回復していた胸椎本体に、どうやらまた小さなヒビが入りかけて、絶対安静にしていろと言われた意味はわかるが。狭い所に閉じ込められて誰かの言いなりになる生活なんて、まったくオレの性に合わない。オレは…指図されるのも、他人に決められるのも大嫌いだし。そんなことをされても、ギリギリ許してやるのは…あのバカだけだ。

あまりに気にくわないので…少し…起き上がってみると…

フン、なるほど処方薬。木ノ宮の買ってくる市販の痛み止めと違って、よく効いている。いまさらヒビの一本や二本、増えたところでガタガタ騒ぐほどの違いでもあるまいし。短い浴衣みたいな病人着を捨てて着替え、点滴の翼状針をコットンごとぶち抜いてベッドに放ると、廊下に出てみた。
白っぽいリノリウムの床には…幽霊みたいな患者どもが行き来している。
壁に取り付けられた木製の手すりにすがって、よろよろしてる情けない連中には舌打ちしたいが…
これなら……オレがやっても…目立たない。
ついでに通りかかったリハビリ室から歩行用の補助杖を無断で借りて。外出許可なんて出るわけないから、それも無視して。
正面玄関から堂々と出たところで、

たまにはオレが、タカオを探しに行ってやることにした。

どうせ、アイツの行き先など…見当がついている。

現金、持ってりゃタクシー拾うんだがな…と思いつつ、
そういうものはタカオの部屋に置きっぱなしで出て来てしまって、何もないから……歩くしか…ないんだが…

さすがに…距離があると…

……厳しい…


かなり街を離れて、
ようやく海岸線まで、出たところで…


「………ッ…」

発作みたいに肋骨のあたりが急に苦しくなってきて…
道端に膝をつきそうになった。

困ったことに…なった…

無意識に患部をかばうあまりに…こっちにきたんだろうが。
痛い…というより、苦しくて息ができないだけなんだが…こんな…ひと気のない海沿いの道路で倒れても…

……アイツに…会えなくなる…

自分で始めておきながら…目的を達成できないのが…オレとしては問題だ。
これじゃいつものタカオの考えなしもバカにできない…。
…オレは…本来、こういう類の無謀をやる性格じゃなかった気が…するんだが…。
どうも…あのバカが……感染したに…違いない…。

「木…ノ…宮…」

珍しく積極的に会いたいのに、相手がそこにいないのは…困った話だ。
いっそ、ここまで迎えに来い、と言いたいが。
そう、都合よくも…運ばない。


「木ノ…宮…」

ああ、まいった、本当に……苦し…


「きの…み…やッ…」

…おまえ…今、どこにいるんだ…?

なぜか知らんが…今すぐ…

おまえに…会いた…い…


「……きッ……み…や…ッ…」

とんでもないことに…なった。みろ、タカオ…
オレがおまえを探すなんて…慣れないことをしたら…このザマだ…。



思えば、オレは……


自分が先に置いていかれるのが嫌なあまりに、アイツのほうを置き去りにしようと、し続けたのかもしれない。


それが…

オレにとって一番、辛いことだったから…

…たぶん…必死に…避けようとした…





「……ッ…」

困った。……息…が…

どうしても…今すぐ…おまえに会いたくなって…
だから、来たのに…
……呼吸が…でき…な……

苦し…い……タカ…オ…ッ…

きさま…どこにいる…!?…


「かはッ……」


路面に、両手をついたら、

緩いカーブのかかった砂混じりの舗装道路に、スチール製の細い杖がカラカラ転がって、



その先に…



…砂浜に縁どられた…海が…広がっていた…



急に、耳に、
それまで気付かなかった波の音が入ってきて…


真っ青で…

眩しい…


あいつの操る青い龍みたいな…海が…遠くまで広がっている……



広くて…大きくて……陽に輝く波が、まるで砕いてちりばめた玉石だ。



しばらく道端にうずくまって眺めていたら…少しずつだが…マシになってきた。


こういうものに…オレは興味がなかったが。

タカオとつき合ってから、…海とか空とか…やけに青いものが…好きになった気がする…


ときおり、さざ波のたつ、明るい青色は…沖へ行けば、案外、波も高いのかもしれないが
ここから見ていると…時々風に白くめくれる青い絨毯のようだ。



どれくらい…そうしていただろう。

ふと…

少し離れた…遠浅の海の真ん中に、

ポツンと…

裸足で、ジーンズをヒザまでまくり上げた

Tシャツ姿が…見えた。

「タカ…オ…?」

気のせいだろうか?

沖のほうへ向かった、それが…また波間に消える。
目が痛くなるまで凝視つめていたら…

しばらくして、

また…現れた。

「タカオ…!!」

海と同じ色の髪を濡らして、剥き出しの腕まで波に浸かって、立っている。


やっぱり…アイツだ…。

なんだ……そこに居たんじゃないか…


と思ったら、とたんに安心してる自分が…やはり…なんだかもう…自分でも、どうしようもない気がしてきた…。

しばらく休んでいたら、どうやら、おさまってきたので。そこから浜に下りて、
一個だけ置き忘れられたように、半分以上、砂に埋もれた…護岸用のテトラポッドを見つけたから…
上に座って、待つことにした。

タカオは…
ときおり虹色の飛沫を上げて、海の底をさらっていたかと思うと、もっと沖のほうへ入っては、何度も潜ったりしている。
岸へは一向、目もくれないから、オレには気付かない。

やはり…

オレは…待つのは…苦手だ。

……と……思った。

タカオにさんざん、待たせたり、探させたりしておきながら。オレはアイツよりも、そういうことには絶対、耐えられない気がする。
そんな神経を…たぶん持ち合わせていない。だから、おそらく…
これまで誰も好きには…ならなかったのかもしれない…と思うほどに。

オレは…このままいつか…アイツに置いてかれてしまうんだろうか、とか。
こんなに好きになってしまったのに。やっぱり今でも、わからないこともたくさんあって…オレとコイツは考え方が違うから…別れることになるんだろうか、とか…
そういうやっかいで、意味のない事を考えるのが嫌だから…そんな思いや弱い自分は…苦しすぎて、耐えられないから…

オレは…いっそ、最初から、なにも無かったことにしようとした…

先のことなんて誰にもわからないのに。
オレにも…アイツにも…
あまりにも失いたくないと思ってしまうと…どうしても不安で…
この先、オレたちは、どうなっていくんだろう…とか。
オレは…決して完治なんて、しやしないのに。それを、とことん知ってしまったらアイツは…この先、どうするのだろう…とか…。
そんな…ラチもないことばかり…

こんな自分は…バカバカしくて辛すぎる…


だから…オレは……




「カイ!?」


そのとき、
ようやく気付いた奴が、肌に張りついたシャツに海水を滴らせたまま、
砂浜の上を、一直線に、裸足で走ってきた。

ずいぶん慌てて…驚いている。息切れした声が、それでも、ひどく大きい。

「おまえ〜っ!!なんだって、こんなとこに、いるんだよ?!」
「オレの勝手だ。おまえこそ…」

嫌がらせの一つも言ってやろうと思ったのに。
到着するなり、コイツは…ひとの話も聞かないで、息切れたまま大声で喚きだした。

「だぁ〜っ、もぉ少し、てめぇの体に気ィ使えよ!!まさか…ここまで歩いてきたんじゃねえよな?!」
「オレの都合だ」
「なぁ?!なんてことすんだよオマエ〜!!ダメじゃねえか、んな無茶なことして〜!!どおすんだよ?!また悪くなっちまったら!!とにかく、すぐ病室、戻ろうぜ。昨日、医者に言われたろ?おとなしく休んでねえと…あ〜っだけど、どうすんだ。公衆電話もねえんだよな、このへんて……オレが背負ってくのはかまわねえけど…それじゃおまえの体が…あ〜も〜どうすりゃいいんだ…」

なんだか頭かかえて一人で悩んでいるので。
とりあえず、本題を聞いてやることにした。

「で?探しものは、見つかったのか?」
「いや、まだだけど。それは、また後で……って…エ…なんで?!」
フン。
海水まみれのバカヅラが、ぎょっとしている。
「なら、探せ。大事なことだろう」
「カイ…おまえ…もしかして…それで来てくれた、とか」
大きく見開いた瞳が、なにやら感動している。
そういうところが…コイツの可愛気のあるところだが。
「きさまが泣いてるんじゃないかと思って、見に来てやったんだ」
それも…なくは、ないから。…ここは、そういうことに、しておいてやっていい。

タカオは少し驚いた顔で、しばらくオレを見ていたが、
それから、
瞳だけで苦笑した。

「…よく、わかったな」


「ドラグーンを…ここに棄てたのか?」


「………ああ」


うなずいて。

また、じっと、海の方を見ている。
睫の影が落ちて、瞳が暗く陰っている。
昨日もずっと…そうだったから。
たぶん、そんなことじゃないかと、思った…。

「あいつ、龍だからさ。どうせなら…海に還してやろうと思って…」

まるで知人を…水葬にでもしてしまったかのように…

「でも…もう、ねえだろうな〜。沖のほうまでいってさ。そんで…流しちまったから…」

あんまり寂しそうな顔で言うから、

オレは…また、どうすればいいのか、わからなくなりそうだったが
「いいから行ってこい」
「カイ…けど、おまえが…」
「夕方になれば、街へ向かう車が通る。それを拾って帰ればいい」
「あぁそうか。やっぱ頭いいな、おまえ」
ともかく追い出してやることにした。
「じゃあ、カイ、おまえ…そこでじっとしてろよ?ぜってー無理して動くなよ?!」
「わかったから、はやく行け」

ダメ元で、探してみる。
と、木ノ宮が、また海に入るのを海岸で待って、

ずいぶん刻が過ぎた。

真上にあった陽が、もう海に落ちかけている。

あんまりいつまでも浸かってるから。たまたま近くに戻ってきた時、
「もう、上がってこい」
と声をかけたら、
さすがにタカオも、ぐったりしていて。
重そうな体を引きずってノロノロ歩いてきたかと思うと、
砂浜にばったり倒れて動かなくなった。

しばらくして…

口に砂の入った声が、ぼそぼそ動いた。

「……やっぱ、なかった」

「…そうか」

砂を噛む音が…聞こえる。

「あいつ…遠く行っちまったんだろうなー。もう戻ってこねぇよ。オレが裏切って棄てちまったんだもん。だからオレも…捨てられちまったんだよ…」

少し汚れた砂の中に…顔を突っ込んだまま、呟いている。

他人のベイが壊されても、怒る奴だ。
コイツがこんなことをするなんて…夢にも思わなかった…。
きっと今も…自分が許せなくて…
ケジメも…つかなくて…
…自身の身が刻まれる以上に…辛いんだろう。

しかも…あの力ごと…捨てるとは…

おまえ…なんて…ことを…

「でもさ…オレより、もっと相応しい奴に拾ってもらえたら…あいつも…もう、そのほうがいいんじゃねえのかって…思ったんだ…。だってバトルできねえオレなんて…ドラグーンのほうが見限っちまうだろ…。オレには…アイツを持つ資格が…もう…無かったんだから…」

タカオが、とても悲しんでいるのが…震えた空気からも、伝わってくる。
なのにオレは…どう言ってやればいいのかも、わからない。
ただ、その場に、一緒に座っているしかできない。

「木ノ宮…」

オレは…おまえに…何をしてやればいいだろう…
なにか…できることが…まだ…残っているだろうか…?


「ごめんっカイ!!」


突然、タカオが、がばっと砂だらけの顔を上げて、飛び起きた。

「ぜんっぜん、こんなの、おまえのせいとかじゃねえから!!だから…そんな泣くなって……」
「木ノ宮…?」
「あ…えっと……」
「オレは、泣いてなどいない」

まだ………泣いてなんか…いなかった…

タカオは、一瞬、気まずい顔をして。
でも、瞳も逸らさず、ほとんど勢いで押し切るみたいに続けた。

「いや……その…でも、おまえ、絶対、泣いたろ、今」
「なにを言ってる?」
「う〜いや…その〜」
「つまり、この間からの話か」

オレじゃないオレが、笑ったのどうのとかいう…。

無言で問い詰めたら、
タカオは、妙に小さくなって下を向いていたが。
今は逃げ切れないと思ったのか、とうとう不明瞭な声で、言い出した。

「あのな…オレ…」

またしばらく黙っている。
それから、思い切ったように顔を上げた。

「ときどき……おまえの幻とか、見えたりすんだけど…」
「…なに?」
「会ったときから、ずっと。そのカイにはさ、羽根が生えてんだよ。朱雀みてえなの」
「…………おまえ」

コイツまた…なに妄想じみたこと言ってるんだ?
と思ったら、どうも顔に出ていたらしい。

「あ〜っカイ!今、すっげえバカにしてんだろオマエ!!てゆうか、すげえ引いた!?……でも当たるんだよ、それ…」
「当たる?」
いいか、マジメに聞けよ?と前置きしてから、タカオは一気にまくしたてた。
「おまえが二年前にロシアで行方不明になった時はな、夜中ホテルのベランダ出てたら、真っ黒な羽根はやしたカイが現れてさ、オレのこと、黙ってじーっと見てるんだよ。そしたらホントに次の日お前が、ブラックドランザー持って現れたんだって。
この間、BEGA行っちまった時はさ…オレ、そりゃ何でだよとは思ったけど…それは…おまえが、あんな野郎に、またついてっちまって、また何か酷ぇ事されんじゃねえのかって心配だっただけで…おまえが裏切ったなんて、もう思っちゃいなかった。合宿所に居たとき、赤い羽根のカイが来てくれてさ。それが結構、楽しそうだったから…きっと、おまえも元気にやってるんだろうなって…そん時は…オレ……」

ちょっと黙ってから。タカオは、オレをまっすぐ見上げて、促した。
「な?当たってるだろ?」
それから、パンパン、と両手で、乾いてきた体の砂を払って立ち上がると…だんだん海に傾いていく夕陽へ視線を投げた。

「でもさ、会ったばっかの頃は、ずっと後ろばっか向いてて。なかなか、こっち見てくんねえんだよ。肩に手ェなんてかけようもんなら、ブッ飛ばされたりしてさ。それが…だんだん近付いてきて…そんで少しずつオレのほう見てくれるようになって…。去年なんか、もう、けっこう、こっち見てくれてたんだけど。なかなか触らしてくんねえし…。やっと最近だぜ?触っても怒らんねえようになったの。こないだ…羽根にちょっと触ったら…少しだけど…笑ってくれたんだ…」

それが…オレじゃないオレが、笑ったって…ことなのか?

だが……なぜ、そんなものが、コイツに見えるんだ?
やはり…コイツの妄想じゃないのか。

しかし、ふと…自分でも妙なことが気になって聞いてみた。

「その羽根…そんなに色が変わるのか?」

タカオはマジメに首をかしげている。
「…だよなァ…だいたい赤っぽいんだけど。炎色っての?朱雀みてえにな。けど、ときどき、すっげー黒くなんだよ。そういう時って、たいてい本物のおまえがヤバくてさ。あ〜そういや…こないだオレが道場行ってた時も、稽古中に出てきて…そんときも羽根、黒っぽかったんだけど。そのカイが、胸押さえて、すごく痛いって言ってて…だからオレ、焦って部屋戻ったら…やっぱり、本物のおまえが胸押さえてベッドの下に倒れてた」
「…………」
「でも最近はなァ…だいたい…片っぽが金色で、片っぽが灰色。ちょっと不思議な色してる。明け方の雲みてえな。色違うけど、右も左もキラキラしてて、すっげーキレーだぜ?けどな…」
「……」
「…羽根がボロボロになっちまったから…もう翔べねえって…すごく…悲しそうだった…」

それ…は……

「なら…もしかして…一昨日の晩も…見えたのか?」
「え…あ、した日?」

タカオが急に、こっちを向いて。
それからテトラポッドに飛び乗ってくると、オレの横に座った。

「出た出た!も〜オレ、途中でそれ見たときゃ至上最高にびびっちまったんだけど…だって縮んでるんだぜ?!カイが!!」
「縮む…?」
「ちっちゃくなってんだよ。3つ4つのガキみてえに。いや、ホントに子供なんだって!!羽根は珍しく白っぽくて…いや水色か。すげーふわふわしてるんだけど。でもな……なんだか、それが…怖い、怖いって…泣くんだよ。どこ行けばいいのかわかんないって…真っ暗なトコで、独りで泣いてるんだ。オレ、どうしたらいいのかわかんなくて…。でも…一緒にしゃがんで頭撫でたら、オレを見てくれて。手握ったら、泣き止んで。そしたらさ…」

タカオが…まるでコイツのほうが白い羽根でも生えてそうな顔で…笑った。

「オレ、そいつが…こんなにちっちゃくて羽毛みてぇな羽根生えてたりするのに、やっぱりカイなんだなぁって何か、わかったんだよ。だからさ…そのちっちゃなカイに、オレ、おっきなカイと、したいんだけどダメかなー?って聞いたら…そしたら、そのカイが、ちょっと考えてて…それから、いいよって頷いてくれた。
けど、その後、黙ってじっと見てるんだ。オレの…つないだ手を。だからさ、オレ、この手は、もう絶対ぇはなさねぇから。それだけは絶対、約束するから。って、そう言ったら…すっげえ綺麗に笑って…それから…シャボン玉みてぇに光って…消えちまった…」

夕陽よりも、もっと深く澄んだ明るい瞳が、オレを、まっすぐ…見つめている。

「オレ、どんなカイでも、ぜんぶ同じに大事なんだぜ?けど、黒いカイは…なんだか、すごく…おまえが辛そうだから…。だからオレ、嫌なんだよ。羽根黒いときは、いつも、おまえが狂ったみてぇに笑ってたり…今にも人殺しそうな眼してたりするんだけど…絶対ぇ今、何か…すげぇ辛ぇんだなって…オレ…すごく、わかる。だからオレ、どうしても、なんとかしなきゃって…
金色と灰色のカイはさ…羽根がもうボロボロに傷んでて…そのまま独りで、どっか行っちまおうとばっかしてて。だから、その羽根、どうしたって一緒に治してやんなきゃって…オレ思うし…。
ちっちゃなカイはさ、ほんと、ちっちゃくて…3つくらいの子供なんだけど。でも、なんだかすごくいっぱい嫌なことがあったんだろうなって…そこいらの大人なんかより、ずっと大人みてえで…すごく悲しそうで……きっと…あんまり幸せじゃなかったんだろうなァって………だから…オレ…どうしても……て…」

「………」

「どうしたんだよ?カイ?」

タカオの肩に額をくっつけて下を向いたオレは…本当に…泣いていたのかもしれない。

誰にも…泣いたことなんて、なかったのに。

おまえの前では…いつも…オレは…


「いんだよ、カイ。おまえは、何色でもさ。ただ…おまえが本当に幸せなら…オレは、それでいいんだよ…」

まるで羽毛みたいな…温かで柔らかな声。
おまえは…いつでもそうだったのに。オレが…気付かなかっただけなのだろうか。

「オレな…黒いのも赤いのも、金色も灰色も、ちっちゃいのも…ホントに、みんな大好きだから。ずっと一緒に生きてたいって思うし…みんな、幸せだったらいいなぁって、いつも思ってるから…」

オレもバカかもしれないが…おまえは、もっと大バカだ。
オレの運命まで一緒に背負う義理なんて…おまえには全然、無かったはずなのに…。
どうして…おまえは…

「いいんだよ、カイ。オレ、おまえのことが、好きなんだから。ずっと一生、好きでいたいってオレが思ってるんだから、それでいいんだよ……」

バカな奴だ。と…礼を…言っとく…。
心の中だけだが。
きっと…今のおまえには…伝わってるだろ。


「ああ?ああ。わかってるぜ、カイ」

「今は?いるか?…そいつ…」

「ああ。羽根たたんで、オレの腕の中」

それは…たぶん…木ノ宮…

オレが…おまえを想うとき…オレの心が無意識に具現したものなのかもしれない…

あんまりおまえに会いたくて行ってしまった…オレの本当の心そのものなのかもしれない。

おまえの心の瞳には…
オレさえ忘れてたオレ自身が…ほんとは、しっかり映っていて…

一番大切な…なにもかもが…みんな……

おまえの中に、おさまっていて…

「もう…どこにも行くなよ、カイ?」
オレの髪を…暖かい手がポンポン、と軽く叩いた。
「ま、行ってもいいけどさ。行き先、断って出てくれるとか。そしたら、オレ待ってるし。でも、いいよ。おまえが遅かったら、オレちゃんと探して迎えに行くから。今度は必ず…おまえを迎えに行くからな?」

心配しなくたって…

「カイ…?」

オレは…もう…どこへも行けやしない。




この腕の中以外…






線香花火の最後のような赤い陽が…今にも海に落ちようとしている。

木ノ宮がまるで顔を覗き込むように、
自分の額を…オレの額に、コツン、とぶつけた。
「なぁ…カイ…。体治すの、一緒に頑張ろうぜ?」
「おまえが…何を頑張るんだ」
「んーおまえの状態とか、よく聞いて、どやったら治るのかベンキョーすんだ。それから、えっと何だっけ…そういうのやってた人達、病院にいたじゃんか」
「理学療法士か?」
「そう、それ。習うから、オレ。その、おっちゃんたちに、教えてもらうことにしたんだ。家で出来るように。おまえの生活のこととか、体の動かし方とか…」

おまえは…
ずっとそうだったみたいに…
信じて、一緒にやってくれるんだろう。

昨日、言われたように。ほとんど、それが……奇跡みたいなものだったとしても。

深い海に落とした小石を拾うような…かすかな可能性を、

本気で…信じて…


「きっと、また、バトルやれるようになるぜ?おまえがやれるようになったら、オレもやるよ。おまえがやれねぇうちは、オレもやんねぇから」

そうやって…オレを強引にでも引きずって…どこまでも連れていく気だろうか。

「でも、絶対ぇやれるようになるよ。大丈夫だぜ?カイ…オレ、信じてるから…」

オレが…本当に…生きたかった場所までも…

「きっと、みんな、うまくいくよ」

なんの根拠もないくせに。そうやって自信満々に…断言して…




「…だからオレ、ドラグーン…拾いに来たんだけどなぁ…」

は〜っ
と長いタメ息をついた肩ごしに、
海を見たら。

夕陽の光を反射して、波が一面、砂金をまいたみたいに煌めいている。

「……?」

その、ほとんど波打ち際に近い浅瀬に、ひときわ、
強く光るところが、あった…。

「おい、木ノ宮…見ろ、あそこ…」

「え?」


…光っている。

あれは…


ビットだ…。


「あ〜〜〜っあったーっ!!!」

「………」

「しかも、なんで!?こんな近くかよーっ!!!」



オレたちの目の前で…

青龍のビットが、
炎の翼みたいな夕陽を浴びて、

青と赤の入り交じった…

美しい色に…

輝いていた。





■to be continued■